2月12日からのドイツ視察、濃密な日程と盛りだくさんのテーマ、その一端をまとめてみます。
強制労働へ個人補償、「記憶・責任・未来」財団
ナチ時代(1933~45)にドイツ企業等で強制的に労働を強いられた人々に対しての被害補償を行うこととなり、2000年8月に同財団が設立されました。この財団にはドイツ政府と企業がそれぞれ50億マルクずつ(計2600億円)ずつ拠出し、その時点(戦後55年経過)で生存していると思われる元労働者最大150万を対象に1人最高で15000マルク(78万円)を支払うとしたもの。これはそれまでのナチス迫害に対する国家的賠償に加え、人道的な援助を補完したものと言えます。とりわけこの補償は強制収容所での奴隷的労働以外にも、農場や民間企業、教会までに強制労働が及んでおり、ユダヤ人以外にも
ポーランド、ロシア、ウクライナなど中東欧諸国に対象者が広がるものとなり、各国の協力組織と連携をとり、提出書類の審査、給付の手続きを行ってきたとのことでした。07年で170万人49億1000万ユーロ(7300億円)の支払を終え、プログラムは終了、財団として現在は記憶の継承、青少年向けに今日的な課題を取り上げたプログラムを続けているとのことでした。日本でも、強制連行における個人賠償を求めて提訴が各地で行われてきましたが、結果的に退けられています。その対応の違い改めて考えさせられました。
ベルリン市は都市交通中心にシフト
ドイツといえば電車かな?という先入観でベルリンに入りました。2日目にベルリン市都市開発交通局でお話しを聞きました。面積890平方kmに340万人、総世帯の45%が自家用車を保有、これはかなり低い数値とのこと。26%が都市交通を利用しており、その利用率から今後の整備を検討しているとのことでした。ベルリンでは国電、地下鉄、市電、バスがあり、これは長距離利用からの順であり、需要のないところには整備の必要はない。つまり長距離バスなどは必要ないことになります。
当面の整備計画は今年
6月に新空港が開設することから、地下 鉄整備、市電の消音化のための軌道整備、これはまだ1%とのこと。また市電は旧東ベルリンの方に路線が整備され、これを2017年までに新型の低床車両に変えたい、とのこと。
市内で目立つのは道路沿いの駐車の列です。今後は歩道や自転車道を確保し、車道を狭くしていく、このことで渋滞が発生すれば自家用車が不便となり、車依存を減らしたいとのことでした。結果的にはバスレーン中心でそこにタクシーも走る形となるようです。3日目にポツダム市(ブランデンブルグ州都、ベルリンはこの州に取り囲まれた島状の独立州)の古い町並の中をゆっ
くりと電車が走る光景(写真右下)も目にしました。なぜか違和感がありません でした。
電力の選択とエネルギーの地産地消
日程4日目にブランデンブルグ州の経済エネルギー省を訪問しました。広い庁舎敷地にいくつもの趣のある庁舎が配置され、中心部にはレストランがありました。ナチ時代は騎馬隊の兵舎、前後90年まではソ連兵2000人が駐留していたとのこと。出迎えていただいたのは Drの称号を持つ、ハインリッヒ大臣(写真上)、日本とくに埼玉県と友好関係を持ち、留学生の交流も行っているとのことでした。ドイツは政治的な背景で脱原発の機運ができていたが、やはりCO2削減(2020年まで4割
削減)課題と経済性が課題であった。自然エネルギーでは風力発電が3000本、4400MW確保、太陽光発電、バイオ発電に取り組んでいる。課題も多く、1つは電力供給の安定性、2つめは経済性、そして送電。これからはヨーロッパ全体(2030年には代替エネルギー50%目標)で代替エネルギー用の電線網の整備と電力の備蓄方法の開発が必要とのことでした。
質問に答えて、ドイツの発電・送電の分離は数年前だった。ドイツの電力には色が付いている。原発は赤色、水力は青色、石炭は褐色、自然エネルギーは緑色、消費者は仲介業者を通じてどの色を選択するか決められる。ただ、高くなることで電力会社や経済界は政府方針に不満がある。福島原発事故以来、ようやく発送電分離が議論され始めた日本、ドイツも真剣な議論を経て今日に至っていることが理解できました。最終日にベルリン在 住で市民運動に取り組まれている女性グループと交流させていただきました。皆さんは緑色の電力を購入、しかもスウェーデンの電力会社とのこと。ここでもECのスケールを感じました。
この後、人口26000人のヘニングスドルフ市(写真下、木質チップによるエネルギー供給工場、全域に暖房用給湯と発電)、フエルドハイム村(ピクチャー&ブログ参照)を案内いただき、自![]()
然エネルギーが稼働している現場を視察してきました。
