2011年の記事

  12月10日、北陸電力志賀原発の廃炉を求める集会が開催されました。この集会、県平和運動センターの呼びかけに、県勤労協、社民党が応え、富山県からも100名が参加、合計500名を数えました。
  福島第1原発事故から9ヶ月、志賀原発は核燃料の搬入を行うなど、「再稼働」に向けた動きも急になっています。来年4月にはすべての原発がとまるという事態を前に、脱原発の運動をゆるめてはなりません。
 集会はまず、サンライフプラザで、福島県郡山市在住の國分俊樹さんの現地報告がなされました。      國分さんは、3月12日から15日にかけ、1,2,4号機が次々と水素爆発、もう20km県内は人が住めなくなっており、6月末までに3.6万人が県外へ避難している。50km圏の郡山でも高線量を観測、子どもたちのヨウ素131による内部被曝が心配だ。被曝の心配は一生つきまとう。また、現実は簡単には逃げられない、仕事を失っても補償がない。教員の立場から、子どもたちの健康と安全をどう守るかが課題だと強調された。特に食品の検査体制の脆弱性にも触れ、放射性濃度は10m離れても違う実態の中で、サンプル調査しかできていない。全国の仲間から協力を求められるが、私はまず「地元の原発を止めてください」とお願いする、とされました。

1112脱原発七尾 016.JPG1112脱原発七尾 015.JPG   集会後、参加者は好天に恵まれた七尾市内をデモ行進し、志賀原発の廃炉を訴えました。

 

 12月4日、社民党金沢1区支部連合が主催する「地域から考える私たちの公共交通」をテーマとする学習会に参加しました。今、全国の地域公共交通は規制緩和の波ににより、競争激化の中で不採算部門が整理され、さらに利用者の利便性を退化させるという悪循環となり、大都市と地方、地方の中でも地域間格差を生み出しています。改めて交通政策はどうあるべきか考える学習会となりました。1112金沢社民3.jpg
 社民党政策審議会事務局長の横田昌三さん、「交通基本法」は旧社会党時代から提唱してきたもので、何回か廃案になったが、09年政権交代時に民主党もマニフェストに掲げた。以後、政府内に検討会が設置され、「移動権の保障」がキーワードとなり議論された。現在法案が作成されたものの、今の政局情勢から審議入りができるかも不明、しかし3度目の正直、地方にとってはこの基本法ができれば、新しい地域交通政策を新しい発想でつくることができると提案された。

 金沢LRTと暮らしを考える会代表の谷内昭慶さんから1112金沢社民4.jpgは、金沢都市圏で長年親しまれてきた石川線、事業者からは赤字を理由に廃止というサインが出されている。廃止となれば、その影響は計り 知れない。車に乗れない住民は、買い物、通学に不便をきたし、車が増えることで渋滞を引き起こす。金沢ではもうバスの輸送能力には限界がきている。この会では石川線を活かし、金沢の中心部・香林坊まで延伸することで、そこに近代的な低床式電車のLRT(ライト・レール・トランジット)を走らせることを提唱している。LRTは地下鉄やモノレールより低コストで導入できるし、金沢の観光客を白山麓へも回遊させることができる。富山のライトレールのほか、全国に成功例があり、実現可能と提案。
 白山市でもぜひ可能性を追求してみたいと思います。

1111護憲大会 025.JPG 11月4日から6日、山形市で開催された第48回護憲大会に参加しました。全国から2500人が参加、今年は3.11東日本大震災に伴う、福島第1原発事故処理の展望が見えない中、「脱原発」が全面に出された大会になりました。基調では、この事故で、生活の基盤を失い、雇用を失い、放射能汚染で故郷を失うこととなり、「生存権」という憲法理念の課題と向き合うことが求められていると提案されました。シンポジウムでは福島、宮城、そして沖縄からパネリストが参加され、福島での子どもたちの将来不安、石巻での海に拡散した放射能が水産業に深刻な影響を与えている、などの報告がありました。
 2日目は分科会「教育と子どもの権利」に参加しました。報告者の角田政志さん(福島県教組)は原発事故が教育現場に及ぼす現状を報告、県外避難者が夏休みを境にさらに増加、約12000人に達している。それに伴い、教職員が過員とされ不当な異動がなされる などの実態、子どもたちの心 のケア、健康被害の懸念1111護憲大会 022.JPGどが切実な課1111護憲大会 024.JPG題として報告されました。
 大会は宮城や福島へ向けたフィールドワーク、震災復興コンサートやドキュメンタリー映画の上映など多彩な企画もあり、充実した大会となりました。

「錦秋」の涸沢を楽しみました

 いつかは行ってみたいと思っていた、紅葉の涸沢に行くことができました。連休中は大変な混雑が予想されることから、その時期を少し外すことにしましたが、山小屋は予約で一杯、結局テントを背負っての久しぶりの山行になりました。行程1日目は上高地から3時間の横尾で1泊、2日目は3時間余りで涸沢に入りました。 1110涸沢 046.JPG絶好の好天に恵まれ、穂高連峰が眼前に迫ってきました。しかし、残念なことに予想したほど紅葉がきれいではありません。どうも今年は台風のせいなのか、何年に1回というほどの紅葉の不作とのこと。翌日の日程もあり、この日は穂高岳登頂はあきらめ、東側のパノラマコースから屏風岩の方へ足を伸ばしました。初めてのコースでかなり緊張しましたが、2600mのトップに立つことができました。涸沢でのテント泊、覚悟した寒さはさほどではなく、快適な朝を迎えることができました。

  1110涸沢2 055.JPG 1110涸沢 048.JPG  

 9月24日、盛本芳久事務所主催の「わい・がやセッション」に参加しました。シリーズで留学生から聞く「私の育った学校」をテーマに開催しており、今回は韓国の学校、元石川県国際交流員の朴眞美(パク・ジンミ)さんのお話しを聞きました。韓国の受験競争の過熱ぶりは報道で伝えられてはいますが、実感できませんでした。以下に朴さんのお話しの一部を紹介します。

・初等学校(6年)中学校(3年)入学式は3月2日、夏休みを経て、9月1日から2学期の2学期制。冬休みも1ヶ月、春休みは10日間。部活動はなく、プールもない。
・初等学校は男女共学だが、中学校は男女別学が多い。隔週土曜が休みで1クラス30~35人(初等学校)、中学校は最近改善され38~40人となっている。
・中学校は希望者の形だが、有料で7時30分から2時間補習を行っており、帰りは9時過ぎになる。高校進学率は99.8%。
・高等学校は進学校と実業校があり、進学校では朝6時30分に登校、1時間の補習を受ける。昼と夜の2回給食を食べて、夜11時まで補習を受けることになる。11金時鐘・朴眞美 012.JPG
・大学進学率は84%、この進学率も原因の1つ、卒業しても極端な就職難。一番人気は公務員だが、結局優秀な人材は海外に流れている。2/3は非正規。

 激しい競争、長時間学校に拘束。子どもたちは疲れ、指導する教師も日夜腐心。参加者からは不満や反対の声がないのか、政治的なアプローチができないのか、という質問が次々出されました。知っているようで知らなかった韓国教育事情。グローバルな競争社会が背景に、日本も決して人ごとではない。

 

   ついに白山市が9月5日、日本ジオパークに認定されました。私が議会で取り上げたのはもう3年前、まだ日本ジオパーク委員会ができておらず、糸魚川市が協議会参加を全国自治体に呼びかけていたときでした。以来、ここ2年間くらいで世界ジオパーク認定が糸魚川を含め4地域、今回の白山市の認定で日本ジオパークが20地域になりました。
   白山市は全国的にも有数の地質資産が多いと指摘してきました。特に昨年3月議会で、勝山市は日本認定を受けたことを取り上げ、具体的に踏み出すよう求めました。その後、専任の担当課ができたのは昨年10月、半年で申請、この7月に委員会の現地調査を受け、今回の決定に到りました。関係者の努力は大いに賞賛されるべきものです。
   私は当初白山麓中心のジオサイトを考えていましたが、担当事務局ではさらに白山市全域を対象にして、山・川・海を対象にした「水の循環」をテーマにしたことは慧眼に値すると思います。まだまだ課題は多く、事業はこれからというところです。 07山口・獅子吼 024.JPGジオサイトの整備、ジオツアーの企画、そして市民参加をどうするのか、拠点施設はどうするかなど。しかし、これは白山市が一体化するためのツールを獲得したと考え、いずれは世界をめざすほどの活性化を期待したいものです。
  写真は獅子吼高原から見た手取川扇状地、中流域の重要なジオサイトとなります。

 

陸前高田へ市民ボランティア

   8月28日から4日間、白山市の市民ボランティアに参加しました。目的地である陸前高田市は3.11の震災により、市街地が壊滅的な被害を受け、死亡された方が1500名、今も260名の行方が分かっていません。
118総研環境部会 047.JPG   今回の白山市のボランティアには36名が参加、実に片道9時間かけて、宿泊先の一関市へ、そこから陸前高田市へはさらに1時間30分かかります。まずはボランティアセンターで受付を行うのですが、全国から多くの参加があり、1時間ほど待機、ようやく私たちが担当する広田地区へは30分かけて到着しました。途中に市街地を通過するのですが、かろうじて残されたアパートは4階まで津波が到着した跡が残され、かなり沈降したようで、海がかなり入り込んでいました。
   広田地区は小さな入り江の漁村でしたが、ここも6~7mの防潮堤を乗り越えた津波がすべての田圃を飲み込んだようです。私たちが1日目は瓦礫集め、2日目は草刈り、実働時間は3時間程度でしたが、参加者のみなさんは、少しでも被災地支援に関わりたい、そんな思いで精力的に活動しました。
118総研環境部会 049.JPG 118総研環境部会 048.JPG

  8月25日、いしかわ教育総研環境教育部会が公開研究講座を開催しました。
研究テーマとしている「食と農と地域を結ぶ環境教育」から、場所を金沢大学の敷地内にある、「角間の里」にし、フィールドワークとシンポジウムを開催しました。
118総研環境部会 017.JPG  このところの不安定な天気の中、この日も直前まで激しい雨が降り心配しましたが、直前に回復し、まずはフィールドワーク。この地で炭焼きや焼き畑をグループで取り組む畑尾さんに案内いただき、周辺を散策しました。「自然保護というのは放置することではない、適度に樹木を伐採し、林を若返らせることが大切、かつてはこの周辺でも炭焼きがさかんで林も元気だった。人の生活と共存してこそ環境が維持できる、そういう場所が里山だ」と強調されました。このあたりはもう50年以上の樹木が立ち並び、今切っても再生できるか心配とのことでした。

118総研環境部会 018.JPG シンポジウムは珠洲市の現職教員、平田るみさん、地域の食材を活かした体験学習、そのことが「心の内にある環境」を育てるとの報告。金沢の中山間地で農業を営む山本英一さん、国の制度をどのように活用してこの地で持続性ある生産活動を続けているのかを紹介。福島第1原発の爆発事故で金沢で避難生活をされている浅田正文さんご夫妻、福島で自然農法で自給自足の生活をしていたが、あの事故がすべてを奪った。福島でも原発を廃炉にする運動に関わってこられたことを熱く語られ、志賀原発も停止から廃炉へ、広範な運動を期待したいとまとめられました。

JR松任駅の橋上化完成

8月7日、松任駅の橋上駅舎と南北自由通路が完成し、その竣工式が開催されました。
この事業は北陸新幹線の開通に合わせ、老朽化やバリアフリーができていない駅舎の改築、同時に南北をつなぐ通路も計画されてきたものです。

今回の事業は新幹線高架工事がまだ未完成のため、北側(海側)駅舎と自由通路が完成したもので、南側は旧駅舎の取り壊しのあとに着工、駅舎は白山と日本海がイメージされ、南側からは白山が展望できるようにも設計されています。懸案のバリアフリーについては、エスカレーターと自転車も持ち込めるエレベーターが設置されています。橋上駅舎としては、すでに8日から共用が開始されています。

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「オニユリ」咲き競う

今年も白山市八田町のオニユリが咲きました。118オニユリ 009.JPG
今年は春先の寒さや8月初旬の天候不順でやや遅れ気味でしたが、
撮影日の8月6日ではさすがにピークを過ぎていました。
例年、地元の保存会が下草刈りなどの世話を続け、その数をふやし続けてきました。
1万とも2万とも言われ、その鮮やかな朱色が砂丘地の斜面を染めていました。

カナディアンロッキーを楽しむ

 ずいぶん久しぶりの海外トレッキングでした。今年はつれあいの「退職記念」として、念願のカナダのトレッキングツアーに参加しました。


117カナダ 203.JPG 約10時間かけてバンクーバー、さらに2時間、カルガリーへと乗り継ぎ、広大なカナダに入りました。目的地はエスプラナーデというカナディアンロッキー主峰の山脈から少し西にはずれた山脈になります。下からの道はないので、いきなり尾根までヘリコプターで入り、その後4泊5日の山歩きになります。
 例年より夏が遅いようで、そのため早めに咲く花が堪能できましたし、至近距離でクマにも遭遇しました。しかし、手慣れたツアーリーダーのもとで、安心できる山旅が経験できました。

 詳細は「こだわり」ページで、写真ももう少し掲載します。写真は上から参加者全員の記念写真、現地ガイドのブローディとコックのジョン、そしてロッキーを代表する花「インディアンペイントブラシ」です。 117カナダ 207.JPG

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言葉にならない、被災地を前にして

116宮城被災地 045.JPG 6月議会を終え、とにかく被災現地へ。日程を調整して6月29日、30日に盛本芳久県議と宮城県仙台市と石巻市を訪問しました。まずは社民党宮城県連へ、対応していただいた田山副幹事長より、震災情勢と党の具体的対応をお聞きし、仙台市近郊や宮城県内の被災地の説明を受けました。
 2日間で訪問したのは仙台港から仙台空港周辺、そして盛本県議の知人が働く、石巻市役所と女川町や雄勝町周辺です。震災から3ヶ月余、被災地はまだまだ鮮明に津波の痕跡が残っていますし、所々で 116宮城被災地 049.JPG仮設住宅の建築が始まっていました。
  白山市でも市民ボランティアを8月末に派遣することを決めました。私たちにどのような支援ができるのか、まだまだ検討の余地があると感じています。
   写真上は雄勝町公民館の屋上に残された観光バス、そして全国自治体職員も応援に入っていた石巻市役所前です。さらに詳細な報告は視察記録ページで行います。

116社民党大会 025.JPG社民党県連の定期大会が6月26日開催されました。今大会は役員改選期にあたり、96年の県連結成時から代表を務めた宮下登詩子さんが勇退し、盛本芳久・県議が代表に選出されました。同じく結成時から幹事長などを歴任した平田誠一・前金沢市議も勇退、宮下さん共々顧問に就任しました。

さて、今大会は東日本大震災に伴う福島第1原発事故により、全く先の見えない深刻な事態の中、一貫して脱原発を政策の柱に据えてきた社民党として、運動の弱さには一定の責任を感じつつも、これからいかに運動を進めていくかが課題です。「2020年までに原発0,2050年までに自然エネルギー100%」これが5月末に社民党が提唱した「脱原発アクションプログラム」です。混迷した民主党政権ではあるものの、ふたたび原発推進政権をつくらせてはなりません。改めて存在感が発揮できるよう、参加者は決意をこめました。 116社民党大会 029.JPG 116社民党大会 028.JPG

原水禁石川県民会議が主催する、「被爆66周年 非核・平和行進」が6月20日に松任駅前通りの市民工房「うるわし」前広場で開催されました。この集会は県内を街宣カーがリレーして各地で連鎖集会を行い、8月の広島・長崎世界大会に繋ごうとするものです。
特に今年の集会は特別の意味をもって開催されました。それは3.11に発生した福島第1原発事故、「安全神話」が根底からくつがえされ、いまだに大量の放射線が東北・関東地方に撒き散らかされているからです。被災民は「あらたなヒバクシャ」となってしまい、内部被爆も心配され、とりわけ子どもたちへの影響が危惧されています。
116平和行進 010.JPG私もこの6月議会で白山市として県や国にEPZの拡大や新たな原発防災を検討するよう主張すること、自然エネルギー導入を拡大すること、独自に市民ボランティアを被災地へ派遣することなどを提案してきました。あまりデモ行進が行われない松任市街地に参加者のシュプレヒコールが広がりました。

 6月1日、社民党県連合で弁護士・岩淵正明さんを講師に学習会を開催、岩淵さんは志賀原発差し止め訴訟の弁護団長でもあり、今回の福島第1原発事故については各所で発言されています。
以下にその要点を紹介します。

・M9の地震で送電線断線で外部電源が喪失、非常用発電機が起動したものの、東電によれば14~15mの津波が押し寄せ、非常用電源が使用不能となったとのことだ。ただ、東電の津波の想定は5,7mだったし、実際は10m程度の高さだったとも言われている。実は07年に東電専門家チームが15mを超す津波の可能性を示唆していた。
・東電想定のプレート型地震はM7.9、実際の揺れは大きく想定を超えたもの、また想定内の建屋もあったが、いずれも原子炉内の機器が致命的な損傷をした可能性が高い。電源喪失について、原子力安全委員会の指針がある。そこには長時間の電源喪失の想定がなく、これを受け東電も8時間を限度としていた。実際は11日後にようやく外部電源が復旧している。
・「シビアアクシデント」(過酷事故)これは炉心が重大な損傷を受ける(メルトダウン)ような事故で、原子力安全委員会は、1992年に「現実には起こるとは考えにくく、可能性は十分に小さい」と表明していた。こうした甘い想定(基準を高くすると財政コストが大きくなる)で、結局初期対応の「冷やす」「閉じこめる」に失敗してしまった。
115防災学習会・岩淵 009.JPG・今回の事故で、国基準のEPZ(防災重点地域)によれば、避難対象が71万人、現実は飯舘村(47km)も避難しており、50kmとすると1207万人が対象となる。京都府が独自に避難基準を決めるなど、全国に基準見直しの動きが出ているが、石川県は国待ちの姿勢である。

 

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